西宮・芦屋・尼崎 文学博士によるライティング(作文)を軸とした伝える力のトレーニング
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手紙に表れる率直な想い

「作文」となると「うーん」と頭を抱えてしまう息子がスラスラ書いたお手紙の話です。

先日、懇意にさせていただいていた知人が亡くなりました。
家業の兼ね合いからのお知り合いなのですが、家族ぐるみでのお付き合いをさせていただいていたため、私にとっては遠い親戚よりもうんと近くに感じる「おじさん」。会った回数こそ少ないものの、息子も祖父ほどの年齢の方でありながら「おじちゃん、おじちゃん!」と人懐っこく呼んでいました。

数ヶ月前、実は病気を患っていることを聞きました。両親は週末を利用してお見舞いがてらお家に伺っていたのですが、その場所が愛知県であることから、私と息子はなかなか行くことができず「夏休みになったら行くから!」と言っていたのです。

でも、両親がお見舞いに行ったある日、おじさんは「孫と娘を連れてきて、会いたい」と私の父に言ったのだそうです。そして、夏休みまでは待ってくれないかもしれない…という予感が反射的に体を動かし、急遽車を飛ばして愛知県まで向かい、ほんの数十分ですが私も息子も「おじちゃん」とお話ししました。1年半ぶりに息子を見て「大きくなったねぇ!」と表情を明るくし、私のくだらない話にも笑ってくれ、「また来るからね!」と言って別れました。


翌朝早く、悲しいお知らせが届きました。
お話ししてから、12時間と経過していない時刻です…起きてきた息子に伝えると、もちろん放心状態。昨日の夕方お話ししたのに???という感じでしょう。

その翌日、通夜・告別式に向かう車内で、息子は「おじちゃんにお手紙を書く」と書き始めました。もちろん運転している私はその逐一を見ることができないし、「もう下手でもなんでも仕方がない」と半ば諦め、息子に思うがままを書かせたのです。少し経ってから「できた!」と言うので読ませてみると、そこに書かれていたのは「率直な想い」。

・おじちゃん、どうしていなくなっちゃうの?
・日曜日の夕方、お話ししたばっかりだよ?
・「また来るね」って言ったよね?
・一緒にお肉食べたよね、また一緒に食べたかったのに…
・どうやったら、またおじちゃんに会えるの?
・お勉強も水泳も頑張るから、おじちゃんずっと見ててね


もちろん、これらがツラツラと文章になっているのですが、日頃作文や日記を書く様子を思い浮かべると…比にならないぐらい完成度が高い。「考える余裕のなさ」が幸いしている側面もあると思いますが、「特定の相手」を想って書くことで対象が明確になり、子ども自身の頭の中や心の中にある「気持ち」を「素直に」表現できるのだな、と感じた瞬間でもありました。「このお手紙なら、間違いなくおじちゃんも喜ぶよ!」と息子に伝えると、本人も納得し、たくさんの絵を書き添えた上で丁寧に封をしました。

お別れのとき、息子は泣きながら「おじちゃん、絶対に読んでね!」と言い、胸元にそっとお手紙を捧げたのでした。

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